フューチャー技術ブログ

サステナブルなエンジニア組織デザイン(前編) ~よくある設計とジレンマ~

はじめに

ここ数年来で人材マーケットにおけるIT人材の需要が高まり人材獲得合戦が過熱しています。経済産業省が2018年に公開したレポート「2025年の崖」では2025年にはIT人材不足が約43万人まで拡大すると指摘しています。やや煽り気味だなーと思えるぐらいにメディアも一斉に取り上げました。「今のうちにIT人材を大量獲得せよ!」とトップダウン指示を受けて、人材の囲い込み合戦に参戦して大変になられている人事担当の方も多いだろうなと想像しています。

※当社ではIT人材をコンサルタント+エンジニア≒アーキテクトと呼称しますが、本稿では便宜上エンジニアと表記します。

エンジニアの住む世界

迫り来る将来の危機が人材不足というエンジニアの量の問題なのかというとそれは湾曲した認識です。エンジニアはソースコードは短ければ短いほど美しいと思う人種で、クラウドネイティブな作品が増えてきてからはこぞってアーキテクチャデザインの美しさを互いに誇りあい、難解で複雑な問題を抽象化して解こうとする、そんなアートの世界にエンジニアは暮らしています。エンジニアをいつまでも「人月の神話」の世界で飼い慣らそうとする発想のままでは問題の本質をミスリードします。エンジニアは量ではなく質で評価されるべきで、質の高いアウトプット価値を人月で評価することは失礼にあたります。この認識を改めなければ誇り高きエンジニアはまず集められないでしょう。

いかにエンジニアが成長しやすい環境を継続的に改善していき、成長したエンジニアによる成果をどうビジネスに直結させるかを追求できれば、人材不足に対して量で補おうとする負のスパイラルから脱却できるだろうと思います。

サステナブルな組織デザイン

私はここ十年ぐらい大中小の様々なエンジニア組織をリードしてきました。幾度もエンジニア組織の統廃合を繰り返しながら試行錯誤してきましたが、組織を持続的に成長させることの難しさは身をもって知っているつもりです。未だ正解と言えるような組織デザインは見つかっておらず今もなお試行錯誤中なのが正直なところです。

そんな中で今までの統廃合の歴史を振り返ると、組織は8名→30名→80名→200名超と年々大きくなっていき、その過程の中で進化してきた組織デザインはマーケット変化やあらゆる危機感に都度対応してきた進化論(結果論?)だったように思えてなりません。

失敗や成功体験の中にエンジニアに特化した組織デザインのヒントがあると信じてサステナブルな組織デザインについて2部構成でまとめてみました。

前編ではエンジニア組織でよく遭遇するジレンマについて紹介します。

対象者

エンジニアに敬意を払える正しい認識を持ってることを前提として以下のような方々を対象としています。

  • スタートアップなどでエンジニア組織をこれから作っていこうとされている方
  • エンジニア組織駆動でビジネスをスケールさせていこうと思っている方
  • 他、エンジニア組織に対して様々な課題認識を持っていられる方
    • エンジニアの獲得がうまくいかずに組織が大きくならない
    • エンジニアがどんどん離れていってしまっている
    • エンジニアのモチベーションがアップするような仕事環境を与えられていない
    • エンジニアが好き勝手やるので収益に結びつかない
    • エンジニアのキャリア形成がうまくいっていない
    • エンジニアのレジェンド達が新しいチャレンジを許さない
    • エンジニアとは名ばかりでベンダーコントロールするだけの組織になっている

散見されるエンジニア組織の現状

ビジネスモデルや技術革新スピードが激変する今、業種業態を問わず企業は異次元のスピードで変化対応力が求められています。ITを「誰かに作ってもらうもの(外製)」から「自ら作るもの(内製)」へと経営の舵を切り、IT組織を強化しようとするのは必然の流れです。空前の内製化ブームの是非はおいといてもこのウェーブに乗るっきゃないと思った企業は非常に多いです。

多くのクライアントからなかなか思い通りにいかないといった種の相談を受ける機会がここ数年来で増えてきました。「エンジニアを集められない」、仮に集められても「エンジニア組織が機能していない」という話が大半です。それをエンジニアの意識の問題やHRマーケティングの問題にすり替えながら、組織名に「イノベーション」「デジタル」「DX」「ラボ」などの流行り言葉を並べてどうにかエンジニアの関心を惹けるよう組織の名称から試行錯誤されている企業も多いなと思います。

当の私が執行責任をもっている組織名も「Technology Innovation Group」と名付けているので同じ試行錯誤をした輩です。エンジニア組織をどうビルディングしていくかは非常に普遍的な課題だなと思います。

エンジニア組織のジレンマ

エンジニア組織をビルディングをするにはエンジニアの持つ価値観の性質をしっかりと理解しなければなりません。そしてエンジニア組織が成熟していく過程ではエンジニアの性質起因で繰り広げられる様々なジレンマが存在します。代表的なジレンマをいくつか紹介します。

1) オープンな活動 vs クローズドな活動

「技術ノウハウをオープンにして外部のコミュニティとの接点を多くするか、企業の競争戦略上クローズドに内部に留めようとするか」

このジレンマで踏み止まってる企業は多く、歴史の長い組織であればあるほどその傾向は強いなと感じます。このジレンマにはエンジニアのモチベーションとノウハウ流出リスクとのトレードオフがあります。エンジニアは総じてOSS活動や勉強会などが大好きな性質をもっています。これを利用するとオープンなコミュニティで様々な出会いがあるのでHRマーケティングが大いに期待ができます。一方でノウハウ流出にはエンジニア自身のヒトも含まれます。外部の接点が増える分だけ他企業に目移りしてしまう確率を上げてしまうことは避けられない事実です。

エンジニアのモチベーションはポジティブなパワーを生むのでカルチャー形成には有効です。流出リスクを理解しつつもオープンな活動に振り切って、エンジニアの集まるカルチャー形成をすることが先決です。エンジニアが好むカルチャーさえあれば、焦らずとも自然とエンジニアは集まってきます。

人が集まってきたら次はエンジニアを組織化するフェーズに移行した時のジレンマです。

2) 競争型の運営 vs 協調型の運営

「個人やチームに対して技術や成果責任を競わせる形で運営するか、協調性を重視して明確な責任を持たせないで運営するか」

これにはプロジェクト(当社ではプロジェクト制のため関連する一連の仕事をプロジェクトと以降も表記します)に対するオーナーシップと技術ノウハウの蓄積との間にトレードオフがあります。互いに競争することで担当領域に対するオーナーシップは強固になりますが、逆に領域に固執しすぎてしまうとエンジニア間に壁が生まれ、ノウハウが分断されて技術力は相対的に停滞しがちです。一方で協調性を重視すると技術ノウハウ共有が進み技術力は相乗的に向上しやすくなりますが、緊張関係のない過度な協調は他力に頼りやすくなり、組織が大きくなるにつれてプロジェクトのオーナーシップが欠如する事態も起こりえるでしょう。

ここでもトレードオフを顧みながら競争と協調のバランスをとって使い分けることが重要です。オーナーシップの欠如が垣間みえるようになると、組織はそれ以上大きくできない黄色信号だと捉えるとよいかと思います。仮に大きくできても機能しない組織になるだけです。エンジニア組織に技術や成果に対して適度な競争原理を導入することは組織成長のスパイスになりえます。

エンジニア組織が大きくなると、ビジネスとしての成果を求められるようになるのは必然な流れかと思います。次は組織成果の最大化させるフェーズに移行した時のジレンマです。

3) ヒエラルキー vs ホラクラシー

「マネージャーが管理するヒエラルキーか、管理者不在のホラクラシーとするか」

エンジニアは管理されることが基本的に嫌いという性質をもっています。マネージャーはエンジニアの成果を時間やアウトプット量をメジャーにしがちなのでエンジニアの価値観にギャップが生じます。とはいえ、マネージャーがいると成果にコミットしやすくなるのも事実です。一方で成果に対する極度なコミットメントは失敗を恐れるあまり保守的になりやすく、積極的な技術チャレンジが減少し、結果的に技術的負債を生みやすくなります。一方で管理者不在のホラクラシーに移行するとエンジニアの自立を促すことができ、技術的なチャレンジが活性化され、プロのエンジニアとして大きくブレークスルーする可能性も飛躍的に高くなります。ただし、エンジニアにゴールや価値観が共有できていないと組織は機能せずに、エンジニアの活動が趣味の世界に入りやすく自己満足に陥りやすい傾向もあります。

ここでもトレードオフを顧みながら使い分けることでビジネスの成果が最大化され、エンジニアやそのチームにプロ意識が芽生えてきます。エンジニアのプロ意識は暫くすると自主経営へと進化し、ヒト・モノ・カネ・ノウハウといった組織のリソースに対する権限委譲を要求してくるでしょう。次は持続可能な自主経営フェーズに移行した時のジレンマです。

4) 権限委譲 vs アカウンタビリティ

「個人やチームにあらゆる権限を委譲するか、その代わりにアカウンタビリティをどう果たすか」

権限委譲によりエンジニアによる自主経営が進み、短期的な収益を気にするようなP/L思考から技術投資などのB/S思考へと意識が変わり、結果的に中長期的な活動が増えることでサステナブルな組織へのグレードアップが期待できます。権限委譲を推し進めることは経営に対するアカウンタビリティを果たすことも同時に要求されることにもなります。エンジニアの投資的な活動のほとんどはテクノロジートレンドなどに即した知的好奇心から始まることが常です。それ自体はイノベーションの原動力にもなりうるので否定すべきものではありません。ただし、知的好奇心だけでは総じてエモーショナルな動機ばかりが周囲の目に映りやすく、透明性が損なわれた活動には組織内外からの応援者が得られずに、その活動範囲は狭くなりがちです。自由(権限委譲)には責任がつきものですので個人レベルまでその意識を徹底、および維持し続ける覚悟が必要になります。

エンジニア組織の資本は人と技術

いずれのジレンマもゼロかイチの選択ではなく、その時その瞬間にどこに軸足をおいてバランスをとるかが重要です。組織デザインにはバランス能力が問われています。エンジニア組織の資本は人と技術。組織デザインの落とし穴は至るところにあり、バランス感覚を失うと人は疲弊して技術は陳腐化します。エンジニア組織の資本が擦り減っていく負のサイクルに陥いれば組織は急激に傷んでいきます。

逆に言えば各種ジレンマを突破すれば、エンジニア組織の資本力が強化されサステナブルな組織に向けて組織は大きく飛躍する可能性を秘めています。

可能性を開花させるには組織デザインが重要な役割を果たします。

エンジニア組織デザインの救世主?

2018年に救世主のような組織デザインとしてティール組織がフィーチャーされました。ティールは以下の書籍で非常に有名になり、旧来型組織から一線を画した大変興味深い組織論です。これがエンジニア組織を救う手立てになりうるかが気になるポイントかと思います。

ティール組織——マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』 フレデリック・ラルー(著)

今では解説サイトが世にたくさんあるので詳しい説明はそちらにお任せして割愛しますが、ティール組織が評価される一方で現在エンジニア組織の課題に直面している方々にとっては少しピンとこなかったという話もよく聞きます。マインドフルネスとかホールネスなどといったスピリチュアルの言葉が多く、頭では共感できていても行動に移すには遠い印象があるのではないかと思います。その印象の深淵にはエンジニア特有のリアリティが欠けているからであると理解しています。エンジニアの中にある根源的な欲求に応えずにティール組織を目指すことには全く意味を成しません。

エンジニア組織には感情がある

エンジニアは技術に対して「損得」でなく「善悪」で動きます。つまりエンジニア組織には純粋な感情が存在しています。組織にある感情を読み解いてバランスを取りながらエンジニア組織のジレンマを乗り越えるためにはどうやったとしても時間が必要になります。ティール組織を鵜呑みにして大上段から形から入ってもいいことはないので、目の前にいるエンジニアたちの間で今まさに起きている事象に対して目を向けることの方が先決です。組織の成長に近道はないので今を知った上で適切に組織デザインをリファクタリングしていくことが大切です。

後編ではエンジニア組織デザインのリファクタリングのプラクティスを紹介します。

前編まとめ

エンジニア組織の現状とその中にあるジレンマを紹介しました。

エンジニア組織デザインのヒント

  • エンジニアをリスペクトする
  • エンジニアが成長しやすい環境を継続的に維持改善する
  • オープンな活動を通してカルチャーを作る
  • 競争型・協調型のバランスでエンジニアの自立化を促す
  • 深いヒエラルキーを排除したフラットな組織が成果を最大化する
  • エンジニアの慢性的な疲弊と技術的負債が最大の敵と認識する
  • 権限委譲とアカウンタビリティの両立が中長期的な視点を養う
  • エンジニア組織に生まれる感情をコントロールしながら組織を運営する

リーダーがやってはいけないことリスト

  • 無理な組織合理化の追求
  • 外部コミュニティとの遮断
  • 現状維持バイアスの許容
  • マイクロマネジメント
  • レジェンド価値観の強要
  • 選択肢なき自由の許容
  • 360°評価の形骸化
  • オーナーシップの義務化

おまけ

本稿のテーマに直接的に関連はしませんが個人的に組織デザインに影響を受けた書籍を紹介します。

2005年に刊行された「社員をサーフィンに行かせよう」から時を経て2012年出版の書籍でパタゴニアのサステナビリティについての書籍です。体系的に整理されているわけではないですが、組織デザインの様々なヒントを与えてくれます。社員のカルチャー形成、価値観の共有、思い立った時の行動力、ブランディング。

短期的ではなく長期的な視点でサステナブルなカンパニーを追求しつつ、存在意義そのものがカルチャーになっています。それでいて繊細な部分もしっかりとリファクタリングしているカンパニーだなと思います。「社員がパタゴニアの服を着ることが環境問題に直結する」という感覚があるカンパニーで、エンジニアの書くコードにも同様な正義が求められると素晴らしいのではないかと考えさせられました。

何かの参考になれば。

レスポンシブル・カンパニー』 イヴォン・シュイナード(著)


Yosuke Miyahara
Vice President/Technology Innovation Group/Future Corporation.
https://newspicks.com/user/147180