フューチャー技術ブログ

組織のデータを<コモンズ>として管理してみてはどうだろうか?

春の入門祭り2025の25本目の記事です。

はじめに

はじめまして、TIG(Techonology Innovation Group)の赤倉です。

インターネットの黎明期に報道機関のシステムエンジニアとしてキャリアをスタートした就職氷河期世代で、フューチャーには2022年4月にキャリア入社、ネットワーク技術の進化・社会浸透を横目にキャリアを歩んできました。

そのような私が近年興味を抱き独学を進めている分野がデジタルアーカイブ 1 やレコードキーピング 2 で、これらの知見をデータマネジメントの分野に活かすことはできないか模索しはじめました。

  • データマネジメントにおいてガバナンスを利かせることは必要不可欠である一方、雇用の流動性が高まり、IT環境の変化も著しいなかで、トップダウンによる命令系統によってこれを維持し続けることは、難しいのではないか?
  • データを利用する一人一人が自ら考え、自律的・倫理的な行動を促すようなガバナンスの形を模索してみてはどうだろうか?

こうした一連の思考から生まれた問が本稿のタイトルになっています。

本稿は特定の技術やスキルに言及するものではなく、思考実験の域にある論考です。タイトルに興味を覚えられたら読み進めてみてください。

知識コモンズ研究とデータマネジメント

少し前、組織の知識を組織の共有材<コモンズ>として取り扱うための研究分野「知識コモンズ」があることを知りました。知識コモンズ研究の射程や展開、現在の状況については西川開氏の著書で紹介されています。

知識コモンズの定義は時代とともに変遷してきているため、厳密には定まっていませんが、知識資源を「科学や芸術、社会活動の結果として生み出される多種多様な知識や情報、データ(同書P2)」とし、近年の知識コモンズ研究では、この知識資源そのもの、およびこれを生成・共有する際の管理制度や管理制度を運営する組織・コミュニティのガバナンスを研究対象として捉えています。

知識コモンズ研究の成果はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに結実し、また、「オープンサイエンスやデジタルアーカイブに関連するプロジェクトの制度設計を支える理論的根拠として活用されるとともに、現在ではEUのデータ政策にも影響をおよぼしつつある(同書P4)」など、現在進行形で現実世界に影響を及ぼし続けています。

一方、データを企業にとっての重要な<資産>とみなし、これを効率的・効果的に管理するための活動に「データマネジメント」があります。データマネジメントの実践者向けに書かれた書籍『データマネジメント知識体系ガイド』は耳にされた方、あるいは利用されている方も多いのではないでしょうか。

本書は組織がデータを管理(データマネジメント)するための智恵が包括的・体系的にまとめられたガイドラインで、2011年に1st editionが出版されて以降、2017年に2nd edition、2024年に2nd editionの改訂新版が刊行されるのと並行し、日本語を含む多くの言語にも翻訳され、世界中の多くの組織で利用されています。

知識コモンズ研究の射程は公共コミュニティ、データマネジメントの射程は企業コミュニティと、適用範囲は異なりますが、いずれも組織的な知識資源の取り扱い方、ガバナンスのあり方を探求する、という面で共通性があります。そうであるならば、知識コモンズ研究の成果、例えばガバナンスの評価方法や体制・制度の作り方について、データマネジメントの領域に活かすことはできないだろうかと考えはじめ、その一つの切り口が本稿のタイトルにある問でs。

問に向き合う事前準備として、以下、両分野で入口となりそうな私見を展開してみます。

データマネジメント

データマネジメントについては、冒頭で触れた『データマネジメント知識体系ガイド(以下DMBOK)』は抑えておきたいところですが、ボリュームがあるため通読には向かず、また、耳慣れない定義用語が多く難読感は否めません。興味・感心がある領域から読み進めるのも手ですが、それでも最初に何等かのきっかけが欲しいところです。

そこでまず、同書の監訳に携わられた Metafindコンサルティングによるブログ記事 でDMBOKの概観を掴み、そのうえで、以下のような順序で読み進めてみることをお勧めします。私の探求は途に就いたばかりですが、この読み方をとることで、何とか読み進めることができています。

  1. 第1章_データマネジメント / 第1節_イントロダクション(※データマネジメントの位置付けを理解する)
  2. 第2章_データ取扱倫理(※データマネジメントの意義を捉える)
  3. 第1章_データマネジメント / 第2節以降(※DMBOKの背景知識を理解する)
  4. 第3章_データガバナンス(※DMBOK第3章以降の記載パターンを把握する)
  5. 興味・関心のある領域の章

第2章の優先度を上げたのは、倫理を扱うこの章が「なぜデータマネジメントが必要なのか」を考えるきっかけとして優れていると感じたためです。EUのGDPRやアメリカのADPPAをはじめ、世界各国でデータ取扱に関わるコンプライアンスの遵守が重視されていく中で、データマネジメントにおいて、行動の良し悪しを自ら判断するための基準になる倫理観を育むことはとても重要なことだと考えています。倫理観がなければ、データの誤用・悪用はなくなりません。

また、フューチャーの有志による『データマネジメント設計ガイドライン』も理解を深める材料にしてみてください。このガイドラインの作成には私もDMBOKを片手に参加させていただきました。

最近の動向を抑えるにあたっては、採用するテクノロジーの選別、アーキテクチャ設計時に考慮すべきポイントなどの観点から、オライリーの『大規模データ管理』も参考になります。

知識コモンズ研究

一方の知識コモンズ研究については、『知識コモンズとは何か』を通読することで研究領域、研究手法、研究成果を読み解くことができますが、概観すると次のようになります。

  • 知識コモンズ研究がはじまった1990年代当初は知的財産権法のあり方に研究の焦点が集まっていた
  • その後その焦点は、知識資源そのもの、知識資源の生産と共有をおこなう個々の事例におけるガバナンスのありように拡張してきた
  • 研究の過程において知識資源とその管理制度の類型化が進められ、これらを分析するアプローチやフレームワーク、評価基準が開発されてきた

また、同書のなかで著者の西川開氏は知識コモンズ研究の意義を3点、挙げられていますが、そのなかで私が注目しているのは次の点です。

知識資源のガバナンスという複雑かつ曖昧な事象を見通すためのツールとして有用で(中略)こうした知見は、ガバナンスの制度設計をおこなおうとする際には議論の基盤となり、既存の事例におけるガバナンスの方法を分析する際にはその解像度を高めてくれる一種のレンズとして機能する(P170)

この意義を引き受けたうえで、データマネジメントに知識コモンズ研究の成果を取り入れるとは具体的にどのようなことか、私の展望を2点、記述してみます。

1点目は「データマネジメントの相対化」です。

自組織におけるデータマネジメントの制度設計・ガバナンス状況を知識コモンズの分析に耐えうるような形でモデル化できるようになれば、他組織・他企業のそれと比較できるようになると考えています。

客観的に比較できる状態をつくることができれば、他組織と比較して、自組織は何がよくて何が悪いのか、何をすればよりよい状態にすることができるのか、客観的な視点を手に入れることに繋がります。

2点目は「データマネジメント自律化への道筋を見出す」です。

冒頭で少し触れましたが、データマネジメントの目的の一つとしてよく耳にするのが「データの民主化」ですが、私はこれは「データマネジメントの自律化」を目指すものだと考えています。

  • データを利用する一人一人が自ら考え、自律的・倫理的な行動を促すようなガバナンスの形を模索してみてはどうだろうか?

そしてこの自律化の理論的支柱を知識コモンズ研究の成果に見出すことができるのではないか、との展望があります。

おわりに

普段の業務でデータマネジメントに携わる傍ら、データマネジメントに対して思うことがありました。例えば…

  • データマネジメントはとっつきにくい、少し肩の力を落として楽しみながら取り組めないか
  • データマネジメントは権威主義の香りがする、データを民主化するのであればその手段も民主化する必要があるのではないか
  • 日本の組織に適したデータ管理の形があるのではないか

そのような中で出会ったのが知識コモンズ研究です。知識コモンズの研究成果であるデータガバナンスの現状を分析する手法、あるいは、制度設計のあり方は、データマネジメントに活かせるのではないか、そう考えています。

少し脱線すると、冒頭で触れたデジタルアーカイブやレコードキーピングの知見もデータマネジメントに取り込む余地がある、そうすることでより良いデータマネジメントの形を追及していくことができる、とも考えています。

もし本稿がデータマネジメントそして知識コモンズに対し興味を抱くきっかけとなった方がいらっしゃれば、どこかで会話しましょう。ぜひお声がけください。

私の試みはまだ思考実験の段階にあり、これから少しずつ職務を通じ実践に繋げていきながら、じっくり練り上げていってみたいと思います。

補記:<コモンズ>について

そもそもコモンズとは何なのか。本稿では<コモンズ>としていましたが、その上位概念にあたる<コモン>とあわせ、理解を深めるために役に立ちそうなドキュメントをいくつか挙げておきます。

書籍では斎藤幸平氏、松本卓也氏らによる著書がお勧めです。本書を読み進めることで、「コモンとは何か」「何故いまコモンなのか」が見えてきます。

知識をコモンズとして運用する営みは図書館でも実践されていますが、なかでも私が注目しているのは、「まちライブラリー」の実践です。

まだ黎明期にありますが、「文化的コモンズ」の実践や知見にもデータマネジメントに活かせることがあるように感じています。

これらの思想や実践に触れることで、広い視野を持ちながら知識コモンズの理解を深めていくことができるのでは、と考えています。


  1. 1.有形・無形の文化財をデジタル情報として記録し、劣化なく永久保存するとともに、ネットワークなどを用いて提供すること。※『図書館情報学用語辞典 第5版(2020年、丸善出版)』より抜粋
  2. 2.業務行為の完全かつ正確で信頼できる証拠としての記録を作成し、保持することにかかわるあらゆる営為を指す概念。※『アーカイブズ学用語辞典(2024年、柏書房)』より抜粋