同僚の澁川さん、松本さんと一緒に、Software Design 2026年1月号の第1特集「アルゴリズムはどこに効く?」にて、第3章「パフォーマンス問題の診断とアーキテクチャの再考」を寄稿しました。
今回は記事の宣伝も兼ねて「なぜ今、現場のエンジニアがアルゴリズムやデータ構造を学ぶ必要があるのか?」というテーマで、執筆の裏側にある思いを紹介します。
はじめに
正直に言うと、最初に編集部からオファーをいただいた時、引き受けるべきかどうか少し迷いました。
今の私の日常業務において、教科書に出てくるような「アルゴリズム」をバリバリ実装する機会は多くないためです。ソートや探索が必要なら標準ライブラリを使いますし、複雑なデータ処理もSQLやらクラウドのマネージドサービスに任せます。「個々のエンジニアがアルゴリズムを深く学ぶ必要性は下がっているのではないか?」という論調を見かけることがありますが、そういった人も多いという背景からでしょう。
しかし、考えを巡らせていくと、Web系のアプリケーションを開発する中では、選定眼はむしろ求められること、そのため存在自体を知っていることはプラスに働くなど押さえておくべきポイントはあります。また、システムレベルのアーキテクチャを見るうえで、アルゴリズムを学んだ経験がどのくらい活用できているか?について、言語化することにも興味を持ちました。このあたりのモチベーションで、今回の第3章を執筆しました。
ここでは執筆にあたり意識したコンセプトを3つ紹介します。
コードとアーキテクチャのフラクタル性について
古典的なソートや探索などのアルゴリズムをコードレベルと呼ぶと、システムレベルのアーキテクチャは全く別物ではあるのですが、似たようなことに関心を持つことがあります。
- 学生やジュニア時代、私は
forループの回数を気にし、計算量をどう減らすかよく思考をめぐらしていました。ループの外側で以下に処理しやすい構造を作って…など(懐かしい) - 現在、サーバー間の通信回数(ラウンドトリップ)を気にし、Web API呼び出しやDBへのクエリ数をどう減らすかなどに関心が移りました
これらはスケールが違うだけで、概念としては同じことをしているとも言えるでしょう。
- コードレベル: 重い計算結果をメモリに保存して再利用する「メモ化」、ループの外で処理しやすいオブジェクトを作っておく
- システムレベル: DB負荷を下げるためにRedisやCDNを挟む「キャッシュ戦略」、ワークテーブルで処理しやすい構造を予め作っておく
このように、システムレベルの設計は、コード上のロジックで考えていたことのフラクタル(自己相似)な構造として捉えることもできます。「アルゴリズムなんて実務で使わない」のではなく、様々な差異はあれど、形を変えて、よりマクロな視点で目の前に存在しているとも言えます。本誌ではいくつかアルゴリズムの焼き直しだと私が感じたシステム構成についても触れています。
I/Oがある世界
本特集の第1章(基礎)・第2章(CPU/メモリ最適化)で語られる世界は、ある種、理論的で机上に近く美しい世界です。しかし、私が担当した第3章(I/O・アーキテクチャ)の世界はもっと泥臭く、混沌としています。
実システム、特にWebサービスやモバイルアプリのバックエンドでは、以下のような「現実」と戦わなければなりません。
- 通信のレイテンシ(遅延が大きい話)
- ネットワークの瞬断とリトライ
- データの整合性
アルゴリズムもデータ準備など色々むずかしい点はありますが、システムレベルですと検証の準備・実行コストが非常に大きいです。負荷試験は純粋に、インフラ費用が高くそう何度も繰り返し行うことが予算上できない場合があります。
だからこそ、「とりあえず作ってみる」前に、設計段階でボトルネックを見抜く「審美眼」が問われます。ここで役立つのが、やはりアルゴリズムとデータ構造の知識です。本誌ではどういった考慮点があり、どういった順序でこれらを切り分けて対策していくか一段掘り下げて書いています。
「勘」のヒット率を上げる原理原則
性能問題が発生した場合、現場では、計測なしに「とりあえずここを直してみよう」「リソースを増やしてみよう」というアプローチが取られることもあります。
「推測するな、計測せよ」は好きな言葉ですが、こうした経験に基づく「勘」も否定できません。実際、熟練者の勘で即座に解決することもままあるからです。さほど重要な機能でなければそれでお茶を濁し、より業務効果が高いところに時間を投下するのも、状況によってはありでしょう。
しかし、この「勘」の精度を高めるものに、データ構造とアルゴリズム的な教養が求められます。
- 「ここはキュー構造で処理されているから、ここが詰まるはずだ」
- 「B+木のインデックス構造を考えると、このデータ配置は不利だ」
- 「今のキーで振り分けるとキャッシュが上手く使われていないのではないか」
システムが巨大化しても、使われている部品の挙動はアルゴリズムの原理原則に従います。どこでどういった計算とデータの参照やコピーが行われているかは、深く入って仮説を作ろうとすると、基本情報として知識ベースで求められます。本誌では知っておくと良さそうな概念をいくつか紹介しています。
さいごに
ここまでで話したような考えをもとに、本誌を執筆しました。
今回の特集は、以下のような構成になっています。
- 第1章: アルゴリズムの基礎とトレードオフ(けんちょんさん)
- 第2章: CPU/メモリレベルの最適化と限界(渋川さん・松本さん)
- 第3章: アーキテクチャレベルの診断と再考(私)
本誌のチラ見せもされていますので良ければぜひ。
「アルゴリズムはソフトウェアの開発現場で役に立つのか?」… pic.twitter.com/tJgK8AuYf0
— SoftwareDesign (@gihyosd) December 26, 2025
ミクロなコードの世界からマクロなシステムの世界まで、これらを通読することで、エンジニアとしての見る力が一段階上がるはずです。tsukommoさんも良いことを言ってくれています。
ポチった良かった。
— ツカモ (@tsukammo) December 27, 2025
けんちょんさんが素朴なアルゴリズムの使い所を紹介。
渋川さんが標準データ構造の強さと例外として特定処理に特化した構造の強さ紹介。
真野さんがとはいえボトルネックはI/O側なのでアーキ設計が先、ただし古典的なアルゴリズムを抑えていると設計を外さない。
と繋がった。
- 「クラウド時代だからこそ、基礎を固めたい」
- 「コードの速さだけでなく、システムの強さを設計したい」
そう考えるエンジニアの方々に、ぜひ第3章を含め、本誌を手に取っていただければ幸いです。