- 野村恵一
- 約 6,700 文字
目次
はじめに
こんにちは、Healthcare Innovation Group(以下、HIG)の野村・久保です。
私たちが所属するHIGは、ITとAIの知見を活用し、次世代型医療サービスの創出とヘルスケア領域全体の革新に挑む専門組織です。エンジニア集団と思われがちな私たちのチームには、臨床現場の空気感を知り尽くした医療のプロフェッショナルと、事業やプロダクトを力強く推進してきた人材が共存しています。
私たちがこの体制をとる理由はシンプルです。医療現場の課題は単なるIT化では解決できず、泥臭くリアルな現場の課題を正しく解釈して初めて意味のある社会実装が可能になります。この現場の解像度を爆速で価値に変える武器が、全社で推進するAI駆動開発です。フューチャーは2026年4月に発表した「AI社会実装 No.1カンパニーを目指す」AIステートメントのもと、生成AIを開発の共創パートナーとして活用しています。HIGでは現場の知見とAI駆動開発を組み合わせ、アイデアから社会実装までのスピードを極限まで縮めています。
本記事では、非ITエンジニアである元医療従事者(診療放射線技師)の野村と、元開発PMで事業企画推進(BizDev)の久保の2人が参加したHIGにおけるAI駆動開発研修の様子をお届けします。
本研修の大きな特徴は、与えられたお題をこなすのではなく、受講者が自らのドメイン知識を活かして開発テーマを設定する点にあります。今回、私たちが挑んだテーマは以下の通りです。
【画像診断医療機器の保守管理をスマートに】
病院では数多くの医療機器が稼働していますが、現場を支える裏方の保守管理業務は未だに紙ベースの記録や表計算ソフトでの運用が多く残っています。日々の点検記録の記入や過去データの管理による見えない負担を少しでも減らし、現場をスマートにしたいという想いから、点検記録を管理するアプリの開発をテーマに選びました。(野村)
【臨床と経営を守るスマート・オペレコOS】
24時間365日体制の救急医療を支える医師たちが、深夜の緊急対応後の疲弊した状態でバラバラな手術記録を作成している現状に強い問題意識を抱いていました。さらに、多忙や疲労による症状詳記1の記載漏れは、高額なカテーテル等の診療報酬2請求漏れに繋がり、病院経営上の損失リスクを生みます。この臨床と経営の双方の課題に対し、「医師の入力・作文負担を減らしつつ病院の正当な収益を守る」ための最速の市場検証手段として、スマート・オペレコOSの開発をテーマに選びました。(久保)
異色のチームがAIをどう武器にし、組織全体で医療DXの限界をどう突破しようとしているのか、そのリアルな最前線をご紹介します。
AIを相棒に、3ヶ月で創り手へ。非エンジニアが駆け抜けたAI駆動開発研修の記録
プログラミングができないと、理想のアプリは作れない。そんな先入観を抱えていた私たちですが、気づけば3ヶ月後には、自分たちの手でプロトタイプを動かし、メンターや開発経験のあるサポーターからフィードバックをもらう創り手になっていました。
医療現場と事業、それぞれの専門性を持つ私たちが、この研修を通じて壁にぶつかり、アジャイルにAIと駆け抜けた進化のステップをご紹介します。
STEP 1 開発テーマ設定とMVP設計:AIのスピードとルールベースの堅牢性を掛け合わせる
最初のステップは、課題の具体化です。生成AIを壁打ち相手にし、画面レイアウトを相談しました。AIは即座にコードを出力してくれるため、私たちは最速でプロトタイプを手にすることができました。
一方で、医療現場で最も恐ろしいのはAIのハルシネーションです。診療報酬の請求漏れを防ぐアプリで架空の数値を捏造されては一大事です。そこで、AIに自由な文章生成をさせるのではなく、業界公認の標準マスターである、DX審査支払機構の特定器材マスターや一般財団法人医療情報システム開発センター(MEDIS)のICD10対応標準病名マスターなどをデータベースの軸とし、あえて厳密なルールベースで動作する堅牢な初期MVPを設計しました。AIの瞬発力を借りつつも、制御の綱は人間が握る。このコンセプトと要件設計が私たちのスタートラインでした。
STEP 2 環境構築と実践:AIの伴走で踏み出したモノづくりへの第一歩
開発環境をセットアップし、いざ本格的な開発へ。黒いターミナル画面にコードの列が並ぶ様子は、未経験の私たちにとってまさに未知との遭遇でした。しかし、AIアシスタントを頼りに手順を踏むと、ついに画面に「Hello World」3が表示されました。
「AIに指示して生成されたコードで、プログラムが動いた!」
これは実感が湧かない、なんとも不思議な感覚でした。正直に言えば、最初は「動いたけれど、これの何がそんなに面白いのだろう?(ん……で?)」という感覚でもありました(笑)。
しかし、本当に面白いのはお作法そのものを学ぶことではなく、自分の手で自分が作りたいものを作る、そのプロセスそのものなのだと認識しました。AIが1行1行の意味を理解度に合わせて解説してくれるパーソナライズされた学習体験が、プログラミングへの心理的ハードルを一瞬で壊してくれました。
STEP 3 プロトタイプから実用へ:エンジニアと現場目線で浮き彫りになった課題
AIと構築したプロトタイプを携え、開発経験を持つエンジニアやサポーター(HIGには臨床現場で現在も活躍している医師がいます!)の前でデモを行いました。コンセプトには共感してもらえたものの、実際に触ってもらうとエンジニアや実ユーザー目線のフィードバックが返ってきました。
「データが保存されたか視覚的にわからないと不安」「例外症例の時はどうする?」など、私たちでは気づくことのできなかった数々の実用的な課題が浮き彫りになりました。しかし、これこそが開発設計の原点。私たちはこのフィードバックを宝の山として、次なるステップへ進みました。
STEP 4 アプリ改修と研修の軌道修正:事務局と目線を合わせ、全エネルギーを機能改修へ注ぐ
ここが研修最大のハイライトでした。
私たちは、二重保存防止機能の実装やHuman-in-the-Loop4の安全設計など、アプリの改修に着手しました。さらに、コードから仕様書を自動生成する挑戦も行いました。Schema Enforcement(スキーマ強制)5という手法を利用し、中間データを介してコードと仕様書の完全連動を構築しました。
ドキュメント作成に関する基礎知識がなく、開発も未経験である私たちにとって、この自動化は完全にキャパシティを超えるものでした。「プロトタイプの段階で、人間が読むための綿密な設計書をどこまで作り込むべきか?」という疑問が生じ、事務局と受講者の間で研修スコープや目的の目線合わせを行いカリキュラムを修正しました。HIG初の取り組みであり、事務局と受講者が共に作り上げる研修でもありました。ドキュメント作成は一旦スコープから外し、まずは動くアプリで価値を検証することに特化するという迅速な軌道修正のおかげで、機能磨きに全エネルギーを集中させることができました。もちろん、開発においてドキュメントが重要であることに変わりはありません。今回の経験から得た受講者の習熟度に合わせたカリキュラム設計が重要という気づきを踏まえ、今後は研修をレベル分けし、上位コースでは仕様書の作成・自動生成までを扱うなど、カリキュラムの改良を進める方針となりました。研修の型すらアジャイルにリビルドしてくれる柔軟な環境こそ、HIGの強みだと感じました。
STEP 5 プロセスを組織の知的資産へ:AIとの対話をチームの共有知に変える
最終報告に向けて、私たちは開発したすべてのソースコードをGitLabにPushし、組織の知的資産として登録しました。AIのチャット履歴に埋もれさせず、プロセスを資産化しました。
ここが学びのカギだった 〜AI駆動開発研修の設計が、私たちを創り手に変えた〜
3ヶ月を駆け抜けて振り返ると、私たちがここまで走り切れたのは、この研修そのものの設計にカギがありました。非エンジニアが最速で創り手になれた理由を、4つのポイントに整理します。
フューチャーには、新しい挑戦を歓迎し、その実行を強力に後押しするカルチャーが根付いています。自ら創り出す組織風土をさらに加速させる指針が、「はじめに」で触れたAIステートメントです。この共創パートナーという考え方をベースに、HIGではより実践的に学べるよう設計したAI駆動開発研修を運用しています。
学びのカギ① コンセプト:創る喜びを実践型で会得する
ITエンジニアに限らず、AIを活用してモノづくりの成功体験を積む。それが本研修のコンセプトです。
複雑なコードの書き方を習得することよりも、AIを共創パートナーとして、Vibe Codingを用いてまずは形にしてみること、そして実際に日々医療業界の課題に向き合うHIGメンバーからのフィードバックを得て、改善し続けるという開発サイクルを、自分自身の力で回せるようになることを目指しています。
だからこそ単なる登録画面ではなく、「これがあったら現場がもっと笑顔になるはず!」と思える、受講者それぞれのこだわりが詰まったオリジナル機能にこだわりました。
学びのカギ② 運用:はじめての壁も、心強いサポーターと乗り越えられる
「自分にアプリなんて作れるのか?」――そんな不安は、非エンジニアの受講者なら誰もが最初に抱くものです。しかし、行き詰まってもメンターや開発経験者がすぐに手を差し伸べてくれ、教材もサンプルでなく医療現場の公開データなどの一次情報を扱います。「共に学び、高め合う」この運用が、心理的なハードルと実務感覚のギャップを同時に埋めてくれました。
学びのカギ③ 得られた価値:AIを使いこなすディレクターシップの体感
3ヶ月の研修を終えた今、私たちの手元に残っているのはVibe Codingで作成した成果物だけではありません。
AIの回答をそのまま受け取らず、自ら一次情報を確認してより良い方向へ導くHuman-in-the-Loopの姿勢。そして、指示の解像度を高めて理想のアウトプットを引き出すスキル。これらを通じて、次世代のビジネスや開発に欠かせないAIという優秀なパートナーを導くディレクターシップ6を、確かな実感を伴って習得できました。
学びのカギ④ HIGの未来:現場の想いを、自分たちの手で最速で形にする
医療現場の課題は専門的で、外部に伝えるだけでも大変です。その痛みを誰よりも知る私たちが、AIという共創パートナーと一緒に「こんな機能があれば解決できる」をその場で形にできれば、重厚なシステム開発や大規模投資の前に、プロトタイプで価値を検証できます。この最速かつ最小コストのPoCループをHIGのメンバー自身の手で回せることが、医療テクノロジー変革の強力なエンジンになると確信しています。
受講者からの声
Vibe CodingからAgentic Engineeringへ、そしてモノづくりの原点
Andrej Karpathy氏が提唱したVibe Codingはプログラミングのハードルを劇的に下げ、非エンジニアにも自らの手でプロダクトを生み出す可能性を示してくれました。そして時代はさらに進み、AIエージェントと共に開発を進めるAgentic Engineeringのフェーズへと至っています。
コーディングそのものはAIに任せ、人間は設計、検証、意思決定に思考のリソースを集中させる。開発のスタイルは今、根本から変化しています。
今回のAI駆動開発研修を通じて、私が強く実感したのは、AIに指示を出す前の思考の深さの重要性でした。
- 何を作りたいのか(コンセプト): 解決すべき本質的な課題はどこにあるのか
- どのように使われるのか(ユースケース): 現場のリアルな利用シーンや運用フローはどうなっているか
- どう見せるのか(UI/UX): ユーザーが直感的に迷わず操作できる画面レイアウトか
これらを人間側が高い解像度で定義して初めて、AIは真価を発揮する強力なパートナーになってくれます。
研修の中で、ふと中学生の目線に戻っている自分に気づきました。
当時は分厚いHTML辞典やJavaScript辞典を机の脇に積み上げ、1行1行のタグと格闘しながら夢中でWebサイトを作っていました。エラーが消えずに頭を抱えたあの歯がゆさ。思い通りにブラウザ上で動いた瞬間の達成感。
今回の研修でAIと対話し、プロンプトを練り直し、画面が形になっていくプロセスは、まさにあの頃味わった純粋なモノづくりの楽しさそのものでした。
技術が進化しツールが分厚い辞書からAIへ変わっても、アイデアが手の中で形になる感動は変わりません。AIという最高の相棒を得た今、またあの頃のような情熱をもって、現場の課題を解決するプロダクトづくりに挑んでいきます。(野村)
AI駆動開発の本質はディレクターシップ
AIは、何でも自動で仕様を決めてくれる魔法の杖ではありませんでした。
自分の出した指示(プロンプト)の質が、そのまま結果に直結するということを、研修を通じて深く実感しました。AIの提案をただ受け取るのではなく、根拠となる一次情報を自分で確認したり、あらかじめ守るべきルールを明確に定め、責任を持って開発を動かすのは人間なのだと深く再認識しました。
AI開発の本質は、AIという頼れる相棒を主体的かつ冷静に導く「ディレクターシップ」そのもの。不確実性の高い開発プロセスにおいて、目的を見失わず軌道修正を重ねた経験も含めて、その重要性を身をもって確信できたことが、今回の研修での最大の収穫でした。(久保)
おわりに
元医療従事者と事業企画推進という非ITエンジニアの私たちがAI駆動開発研修に挑んだこの3ヶ月は、単なるスキルの習得を超え、AIをパートナーとして共に創るというマインドセットへの転換期となりました。
AI駆動開発は、決してエンジニアだけの特権ではありません。医療現場の課題に向き合う私たちがAIを相棒として創り手になることこそ、医療DXを加速させるカギになると確信しています。
私たちはこの研修で得た知見を武器に、それぞれの専門領域で新たな価値を創出し続けます。現場の課題を一番よく知る私たちが一歩を踏み出し、AIをパートナーに自ら手を動かしてみる。その泥臭い挑戦の積み重ねこそが、医療現場を本当に変えていく原動力になると信じています。
出典 / 参考リンク
- フューチャー、AI 社会実装 No.1 カンパニーを目指しステートメントを発表 「AI 駆動開発」による生産性 3 倍と AI×IT のトータルデザインにより社会課題解決を加速
- 特定器材マスター 告示・データ移行関連情報(社会保険診療報酬支払基金。2026年10月よりDX審査支払機構へ改組)
- ICD10対応標準病名マスター(一般財団法人医療情報システム開発センター(MEDIS))
- Andrej Karpathy氏が提唱した「Vibe Coding」についての解説記事(Business Insider Japan)
- Agentic Engineering(エージェント開発)の解説(NXCode Resources)
- 1.症状詳記(しょうじょうしょうき)。診療内容の必要性や正当性が審査側に伝わりにくい場合に、その理由や治療経過を詳しく説明して診療報酬請求書に添付する書類やデータのこと。 ↩
- 2.診療報酬(しんりょうほうしゅう)。医療機関が患者に提供した保険診療の対価として、国が定めた点数表に基づいてDX審査支払機構等から受け取る費用のこと。 ↩
- 3.Hello World(ハロー・ワールド)。プログラミング学習で最初に画面へ文字を表示させる、最小のサンプルプログラム。開発環境が正しく動いていることを確認する意味も持つ。 ↩
- 4.Human-in-the-Loop(ヒューマン・イン・ザ・ループ)。AIに判断を任せきりにせず、要所要所で人間が確認し、軌道修正する開発・運用の考え方。 ↩
- 5.Schema Enforcement(スキーマ強制)。データの型や項目の構造(スキーマ)をあらかじめ定義し、それに合致しない入出力を受け付けないようにする仕組み。AIの生成結果を決まった形式に縛ることで、記載漏れや表記のばらつきを防ぐ。 ↩
- 6.ディレクターシップ。何をどう作るかを決めてAIに指示し、でき上がったものの責任も人間が持つ、いわば“監督役”としての役割。 ↩