秋のブログ週間2026連載

3年分の反省をAIに読ませたら、同じ失敗をしているだけだった

生成AI 失敗談 マインドセット
目次

秋のブログ週間2026 の2本目です。

2023年2月から、「良かったこと・反省すること」というメモを書き続けています。プロジェクトで何かやらかすたびに、反省を一行書き足す。書いた瞬間は「二度と繰り返さないぞ」と意気込んでいるものの、それを読み返すことはほとんどありませんでした。

その年の下期評価で、「タスクコントロールが自転車操業になっている」というフィードバックを受けました。メモを見返すと、すでに「かなり無理なWBSを立てて自分が結局辛くなっていた」と書いてあります。反省はしていたのです。それでも、まったく同じ課題を他者から指摘されました。

2026年7月、思い立ってこの3年分のメモをAIに読み込ませてみました。散らばった反省を、根っこが同じもの同士で分類してほしいと頼んだのです。

返ってきたのは、「見積もりの甘さ」「抱え込み」「先手が打てない」といったいくつかの塊でした。そしてどの分類にも、2023年の日付と2026年の日付が並んでいました。3年かけて、同じ失敗をただ繰り返していただけだったわけです。

反省を読み返す役をAIに任せる

分類した反省は、「反省パターン台帳」というノートにまとめました。パターンごとに「教訓」「起きやすい状況」「発生に気づく手がかり」「再発履歴」を記載しています。

毎週の振り返りでは、AIがその週の作業ログと台帳を照合。「これは抱え込みの再発では?」と指摘され、自覚があれば履歴に一行追加します。半年間再発がなければ「卒業」とするルールも設けました。

自分で読み返せないなら、読み返す役割を外部に委ねればいい。そう考えた仕組みでした。

反省は消えない、形を変えるだけ

台帳の運用を始めて最初に追跡したのは「抱え込み」でした。2023年のメモには「人に振れるタスクはできるだけ渡す」「無理なら早めに助けを求める」とあります。2025年には、手元に溜まったレビュー待ちを力業で消化していました。そして2026年6月には、ある週のレビュー枠7つがすべて自分に集中していました。

今度こそ変えようと考え、夏にプロジェクトリーダーを打診されたタイミングで、自分が担当する業務の切り分けを行いました。最も難易度が高い方針決定とタスク割り振りのみを担い、具体的な推進はメンバーに任せる形です。

数字には如実に表れました。作業時間のうちコードを書いていた割合は、リーダー着任前の36%から、24%、17%へと減少。メンバーに検索機能の実装を割り振った日のメモには「割り振って良かった」とあり、台帳には初めて「タスクを振った側」としての記録が残りました。

うまく回り始めたように思えました。しかし、同じ日のメモには続きがありました。

管理系タスクに忙殺されて手が出せないところだった……

コードを書かなくなって空いた時間は、会議とチャットに置き換わっていただけでした。ある週は、会議と連絡対応だけで作業時間の58%を占めていました。

実装を手放したことで、メンバーは自分の判断待ちにならず作業を進められるようになりました。しかし、メンバーが動くほど、方針相談やレビュー、対外調整が自分の元に集中します。ボトルネックは解消されたのではなく、実装から判断・調整業務へ移動しただけでした。

振り返りでAIから「不要な会議はあったか」と問われ、「チームを前進させるために必要な会議ばかりだった」と答えました。それが偽らざる実感です。単に無駄な会議を削れば済む問題ではありませんでした。

台帳には新しいパターンが追加されました。名称は「管理系タスクによる忙殺」、位置づけは「抱え込みの裏面」です。抱え込みは解消されたのではなく、形を変えて同じ場所に留まっていました。

それでも卒業できた反省はある

台帳には、運用中のパターンとは別に「卒業済み」の項目もあります。2023年のメモには、次のような反省が並んでいました。

報告を受ける側が安心できるよう、報告の質を担保する(調べたファクトと、自分の意見・意思を切り分けて書く)

後続作業で人員が増えることを想定して動く(ドキュメントや知見を一元化して残す)

報告の質に関しては、2025年以降の評価面談でむしろ強みとして挙げられるようになりました。ナレッジの一元化も、いまや得意領域と言える水準に達しています。新しいメンバーが合流する前に環境構築手順を整え、READMEを整備し、振り返りを組織の知見として残す作業は、指示されずとも自然と身体が動きます。チケットの更新漏れという課題も、レビューする立場に回ったことで再発はなくなりました。

3年前の反省の一部は、現在の自分の強みに変わっていました。

卒業できる反省と、できない反省の違い

当初は、「型(フレームワーク)」として定着させられたかどうかの差だと考えていました。報告については「事実・解釈・意思を分けて記録する」を行動指針に設定し、書くたびにその型を適用し続けた結果、無意識に実践できるようになりました。

しかし、同じ行動指針には「見積もりは楽観視せず、リスク込みで設定する」という項目も存在します。型自体はあるのです。それでも、見積もりの反省は卒業できていません。

違いは、型を適用できるタイミングにありました。

報告やナレッジ整理は、作成という作業プロセスの途中で型を当てはめられます。書き終えた内容を見直し、事実と意見が混同していないか確認もできます。誤りがあっても、提出前に修正がききます。

一方、見積もりや抱え込みは違います。「おそらく間に合います」「自分で対応したほうが早い」といった判断は、打診を受けたその場の即答として現れます。『ファスト&スロー』でいう「速い思考(システム1)」による反応であり、型を想起する前に判断が完了してしまいます。

もっとも、即答してしまう背景に検討時間がなかったわけではありません。「少し確認させてください」と一言挟めば、時間は確保できました。そう言わなかったのは、その場で否定的な回答をする不快感や、相手を待たせる居心地の悪さを避けたかったためです。反射的な即答は、思考の手間ではなく、その場の一時的な気まずさを回避するための行動でした。

見積もりや抱え込みの失敗の本質は、判断速度の拙さではなく、対人関係における居心地の悪さに耐えられない点にありました。必要なのは型を増やすことではなく、相手を待たせる心理的負荷を引き受けることです。

おわりに

3年分の反省をAIに読み込ませて突きつけられたのは、自分が同じ失敗を繰り返しているという冷厳な事実でした。それでも、無自覚に失敗を重ねる状態と、「またこのパターンに陥っている」と認識しながら失敗する状態とでは、構造が異なります。自覚があれば、次の一手を検討できます。

反省を記録すること自体は一人でも継続できました。続かなかったのは、それを定期的に見直すことです。生成AIは、その読み返す役割を毎週淡々と引き受けてくれます。

すべての反省を卒業できる時期はまだ見通せません。それでも、継続的な検証を重ねていけば、いずれ強みへと転換できる。そう信じて今日も私はAIに叱られます。